真面目に続けていれば誰かが見てくれている。
しんどいときも辛抱すれば必ず拓ける。

河原 周一

大阪本社/1969年入社

昭和44年、澤田株式会社の創業の頃から経理として働いてきました。今は若いメンバーに業務は任せ、顧問として相談にのっています。数人で始めたSAWADAが、創立から50年近くやってきて、今や80人もの会社になっているわけで、感慨深いものがあります。間違った方向には行っていないと思っているので、このまま進んでもらいたいと思っています。

創業者である澤田隆生会長とは、16歳のときから加藤毛糸という毛布の糸を扱う会社で一緒に働いていました。澤田会長という人は当時から素直で真面目で一生懸命。糸を売るだけでなく、羊毛や綿を集めては自分で糸を考えて提案していました。独立するときも、毛布よりもニット製品のほうが面白い糸を作れるんじゃないかと、あえて、まだ安定した需要があるわけではなかったニットの糸をやることにしました。営業で社外を動くので、社内のことをやってほしいと私を誘っていただきました。

創業期は経営が安定せず苦労しました。ゆっくり休める日はありませんでしたが、「ここで頑張らな!」という気持ちでした。会長はどんどん前に進んでいったし、私は経理の仕事を全うしたいという気持ちでした。昭和47年に三菱レイヨンさんと共同開発した「サネル」という糸がヒットして、ようやくSAWADAの経営基盤が出来ていきます。これも会長が何十回と三菱レイヨンさんに交渉して開発にこぎつけたものでした。それからも東京に営業所を出したりと、新しいことにいつも取り組み続けて、私は会社が走り過ぎるのにブレーキもかけながら足元が崩れないように頑張りました。

辛抱すれば必ず拓けるときが来る。真面目にやっていたら誰かが見てくれている。人との出会いに恵まれ、SAWADAはここまで来ることができました。これからも出会いを大事に進んでいって欲しいと思います。